ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」のなかでマリアが子供たちに歌ってあげる「私のお気に入り」は、薔薇の花の上の雨粒、子猫のひげ、ピカピカの銅のやかん、暖かいウールのミトンに紐で結わえた茶色の紙の包み、といったもので始まる。色々な「お気に入り」を挙げた後に、彼女は「嫌なことが起きたり、悲しかったりするとき、そんなお気に入りで心を満たせば、慰められる」と結ぶ。
大人になって久しい時間が経っても、この「おまじない」はご利益がある。しかし、大人の心の引き出しに仕舞ってある「お気に入り」は、若い女性や子供たちの楽天的で夢見がちなものではない。共感覚に恵まれたピアニストのエレーヌ・グリモーは、ブラームスのピアノ協奏曲第2番の世界を「内省と郷愁に彩られたエコーのような憧れ」と表現したが、本書で挙げる著者の「お気に入り」も、多分にそのような色を宿している。半日陰の庭、オレンジの並木道、青い花、彼岸花、面浮立、夜のしじまに漂う音楽、尾根を渡る風、辻音楽師、マネの描くベルト・モリゾの眼差し、終着駅、昼下がりの大聖堂、夕映え、といった「お気に入り」たちには、自らの過ぎ去った人生が刻印されていて、引き出しから取り出せば、甘美なエコーのように心を慰めてくれるのである。
My Favorite Things (Japanese Edition)
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