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    kouinnmonogatari: misonoaji (Japanese Edition)

    Por takeshi michiki

    Sobre

    昭和中期の都会の下町、小規模企業の工場で働く工員の風俗を描く物語です。トリキ君が勤める工場の溶接班長はカミサカさん。職人としての技量が、厳粛な中にも躍動する芸術的?は大げさでも、再現性の高い、律動する工芸くらいには評価できる人だ。ただし、天賦の溶接技能が有ればこそ、工員仲間からは一目おかれても、ときにはとんでもない失敗をやらかす頓痴気チ。普段から、自称「ええとこの子」といってもそれが根も葉も無さそうなのは、桁外れの酒好き女好き。宗教アレルギー、食色に取りつかれて仕事を離れたカミサカさんの私生活はまことにもって心許ない限り、酔ってまともな人が居た試しはないし、女は化け物というではないか。カミサカさんの戯けぶりのその一つ。トリキ君が二十歳を前にした鉄工所恒例の秋のフイゴ祭りに、機械班の班長が神棚に上げた劇薬入りの焔硝味噌を、酒の肴に摘まみ食いならぬ摘まみ舐め、自作自演の七転八倒劇を演じたからうなずける。けだし吐血喀血、痛みが本人だけに収斂して、周りが事なきを得たのは幸いだった。泣いても笑っても独り相撲。これを機にしばらくは女郎買も深酒も慎んだ。溶接班長カミサカさんの、この奇を衒う自粛が思わぬ幸いを呼んで、お見合いで深窓のお嬢さんを娶ることになる。それで、周りに少しだけええとこの子かもしれないと伺わせた。カミサカさんは誰とでも開けっぴろげな態度で接したから、そのおおらかがお嬢さんの心を射止めたらしい。もちろん仲人の手腕によるのが大きいのは、周りの工員仲間の誰もが認めるところ。じつはこの一見人を見ない、いや、働く人は誰彼なく社会人として見る無頓着が、次なる事件を巻き起こすのだが。これはカミサカさんの意に沿わず、工場中の大騒動になってしまう。結婚したカミサカさんの有頂天ぶりは、新婚生活のお惚気は、とかく噂の内縁関係、工員寮の賄いの小母さんと、板金班長の一番弟子を刺激して、二人の同棲を促す。この事態に、二人の関係に世間体を気にした会社の裁量で、配置転換の結果、トリキ君は溶接班になる。もともと仕事にやりたいことなんかあるはずもなく、働いて給料をもらえばそれで良かった。陋巷の町工場、なんの高望みが出来るもんか、トリキ君は特に不満を持たなかった。もともと鈑金屋の一番弟子はトリキ君入社以来の、直属の、公私ともに尊敬する上司だ。それがこの配置転換で、鈑金屋の一番弟子とトリキ君の関係がなんとなくぎくしゃくする。しかしほとんどがトリキ君の取り越し苦労、何ことあればとりあえずまとまるのが下町の工員だった。

    工員物語 Ⅰ 味噌の味抜粋
    節制にはそれなりのご褒美があった。ウミサカさんは天涯孤独だったが、血の繋がらない親戚はあった。その人の世話になるから、知らぬ他人より遠縁でも親戚で、天涯に仏の有り難さ。兵役免除の養子縁組にも成っている。見送った養父の人柄からか、ウミサカさんの延命冠者の恬淡ぶりは好感が持てる。結婚願望のウミサカさんに幸いは、持ち主の日ごろの荒行に、吐血で応える癖のついた胃行のおかげで、ウミサカさん本体延命の偉業を遂げた、といったところで、人間、何が芸で身を助けるかわからない。変に、一芸ならぬ一ゲロが身を助くになった。毒を以て毒を制すか、でなければダイヤでダイヤを磨くってことか。吐血喀血、度重なる内からの出血は、ウミサカさんを青みがかった色白の相貌にして、およそ身の締まらない、薄汚れきった大勢の工員の中にあっては、面白が異様とさえ見える。漁師や百姓の開き直った健康な日焼けとは違う、機械油の熱気に焼けたてかりと、都会の埃にくすんだかおが工員風情なんだ。それに胃薬なのか結核の薬なのか、ウミサカさんの息は、酒臭くないときは消毒くさい病院のにおいがする。でなければ白衣の匂い。
    ウミサカさんは、ここ場末の町工場が働く場、仲間の性が全員男である以外は、身長が生まれついてのデコボコ、服装が自前、老若、かたわ、おおよそ外見は見たとおりまちまちごちゃごちゃだった。語り言葉、所作の細かい癖、汗まみれの体臭ときたら、どこまで付き合っても分かり合えそうにないといった、全部を知られない雑多な工員のひとりだった。鉤鼻が黄色人種離れして個性的で、髭こそ蓄えなかったが、能面の翁系で目尻と口開きがそれこそ延命冠者に似て、怒りを知らない笑みのその唇の、生き生きとした、肺が吐いた血で染まったような赤ばかりが、わずかに四十前の年齢にふさわしい。それなのに、胸の痛みを庇うせいか上半身がいつも前屈みで、それがセットなのか、膝が曲がったまま歩く姿が年寄りくさく、本人の言い訳、『山家育ちは誰でもそうだ、これが自然体』、と。何かというと『運の尽き』、と決めつけ、こちらが困った顔を見せると『御名御璽、ってか』が口癖のウミサカさんだった。御名御璽はもうおしまい、いろはの『ん』にあとはない、ということらしかった。誰だって、いつだって行き詰まる。仕事となると今にも小手面の面をつけそうに、日本手拭を丁寧に折り込んで面下に作る。それを目深にかぶり、ひとつは頭髪直毛のポマードを工場の埃から、合わせて案外肺に取り付いたらしい、金属ヒュームが髪にも取り付くのを守ろうともしているらしく、生来の綺麗好きを窺わせた。これも口癖の、『俺はええとこの出』、であると、身をもって実行しているようだった。使った手拭は帰る前、その日に洗って更衣室の隅に干したから、それは綺麗好きに説得力がある。ウミサカさんが言う、ええとことは、家柄や血筋でないのは、俚言徘徊、言動がまるっきり下町で、せいぜい真っ当な三軒長屋。実際、ウミサカさんの住まいと工場のあいだ一帯が、私鉄駅で四つ、三区間が、運河を中に海に連なっている。鎌倉以来の下町だった。下町がええとことは。そのお唱えは簡単には認められない。自分で山家育ちと言ったから、いい加減、根も葉もないが、山家の山というのが山号のことで、神仏混淆、神木の下に泣く子が僧侶に育てられて、それがウミサカさんだった、と言う話。それが二言には、出が雅の里とも言ったから、どのみち、からっきし当てにはならない。崖の上の氏神様の大楠の木の、いつも真新しい四手でも拝んでのことか。ばれる嘘しかつかない人柄に免じて目はつむれる。ところがかばっても庇い切れないのは酒飲みの酒になる。ヒロポンだのアヘンだの、この頃では大麻か脱法ハーブ、麻薬の恐ろしさはめったのことでは体験できない。問題は酒だ。行きつけのスナックのママに、酔った勢いからか狎れからか、きちがい水と酒を勧められたから、これは変な話。だが、正体を失うのを知って呑むから、そうかも知れず、麻薬同様、酒を売れば金になると理解した。定めて、人倫に駄目なものを手に入れるには、代償として法外な金品を必要とするのが世の常、人の常。だとするとウミサカさんの酒は、金の要らない、ただ酒ほど旨いものはない、という辺りが危なかしかった。それでなくても呑ん兵ェが、ついつい飲みすぎるのだ。過ぎれば水でも水太りが命とり、まして酒、気違い水がウミサカさんだった。実に焔硝味噌は危機一髪、危なかった。身近な技能、文明の利器がひとつ間違うと、知ったものが、知らないものへの申し送りを怠るとこの体たらく。目に見え、舌に刺激の劇薬でも、知らないのではどうしようもない。行き届いた伝達がやがて伝統で歴史なんだ。・・・
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