鏡花の短編作品、「妖術」「海の使者」「金時計」の現代語訳。
【妖術-あらすじ】
むらむらと辺りを包んだ、鼠色の雲の中へ、すっきりと浮き出したように、薄化粧の艶やかな姿で、電車の中から、さッと硝子のドアを抜けて、運転手席に現れた、若い女。
電車がちょっと停まったのは、日本橋通り三丁目の赤い柱のところで。
運転手席へ、鮮やかに出たその女は、南部織の表の付いた、薄形の駒下駄に、ちらりとかかった雪のように白い足袋を見せて、紅い羽二重の着物の裾を艶やかに捌き、それが柳の如き細い腰に靡いたかと思うと、一段軽く踏み段を踏んで下りようとした。
丈を長めに着物を着付けて、銀の平打ち簪の後ろ挿し。けれども髪は、そんな生粋の芸者と見える身なりには似合わない、立派なお屋敷で好かれそうな、漆のように艶やかな高島田で、ひどくそれが目についたので、くすんだお召縮緬も、なぜか気品ある紫色を帯びているように見える。
その時、ちょうど、そこに立って、電車を待ち合わせていたのが、近くのある保険会社にちょっといい役職で勤めている、舟崎という私の知人で―それに聞いた不思議な話を、ここに記す。
【海の使者-あらすじ】
秋の彼岸を過ぎた午後三時下がり、家の裏の小橋を、蘆の茂った向こうへ渡りかけて、思わず私は足を止めた。
思いがけず、鳥の鳴く音がする。いかにも優しい、しおらしい声で、『きりきり、きりりりり。』
それはまるで、紅色の綱で引く、玉の滑車が、黄金の井戸の底に響くような音だった。
これはいったい何だろう―と色々と調査思案した結果、音の正体がはっきりしたので、私は橋の欄干を撫で擦り、散策の畦道を行った。
と、すぐに蘆の中に池…というか、十坪ほどの窪地があり、ちょうど潮の上がっているときで、薄く一面に水が溜まっていた。
その水面とすれすれに、むらむらと動くものがある。何かが影のように浮いて行く―
【金時計-あらすじ】
一年で最も暑い盛夏の頃、相模国西鎌倉長谷村の外れの、壮麗な西洋館の門前に、ある朝、広告板が立てられた。
その文言によると、屋敷の主人たるあーさー・へいげん氏が、昨夕散歩の際、この辺一町以内の草の中に金時計を一個遺失し、ついてはそれを拾得の上、届けた者には、謝礼として金百円を進呈する―というのである。
この話はその日の内に四方に知れ渡って、土地の者は男女老若にかかわりなく、我先にこの宝を獲ようと競い合い、手に手に鎌を取って、へいげんの屋敷門外の雑草を刈り始めた。
実際、一百円の金、一銭銅貨一万枚は、これら貧しい人々が三四年間こつこつと苦労を重ねてやっと手にできる所得なのである
彼らが夏のきびしい暑さを耐え忍んで労役に従事しているとき、高い館の窓が半分ほど開いて、へいげんが帷を掲げて色の白い顔をあらわし、微笑を浮かべて見物していた。
こうして日が重なり、一町四方の雑草はことごとく刈り尽くされ、赤土が露出したが、金時計は影も形もなかった。
【訳者略歴】
白水 銀雪(しろみ ぎんせつ)
慶應義塾大学大学院博士課程中退(専攻:数学)
システムエンジニア・プロジェクトマネージャー・コンサルタントとして、宇宙分野を中心とする科学技術系システム開発に従事
現在、蓼科にて山暮らし
Yojutsu Uminoshisha Kindokei / Izumi Kyoka Modern Japanese Translation Series / Short Stories 14 (Japanese Edition)
Sobre
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