高村光雲作品集
江戸維新懐古録 全89話をこの一冊にまとめました。
以下
佐竹の原へ大仏をこしらえたはなし
佐竹の原へ大仏をこしらえたはなし
江戸維新懐古録
二 私の父祖のはなし
三 私の子供の時のはなし
四 安床の「安さん」の事
五 私の父の訓誡
六 その頃の床屋と湯屋のはなし
七 高村東雲の生い立ち
八 彫刻修行のはなし
九 「木寄せ」その他のはなし
十 甲子年の大黒のはなし
十一 仏師の店のはなし(職人気質)
十二 大火以前の雷門附近
十三 名高かった店などの印象
十四 浅草の大火のはなし
十五 猛火の中の私たち
十六 焼け跡の身惨なはなし
十七 その頃の消防夫のことなど
十八 猫と鼠のはなし
十九 一度家に帰り父に誡められたはなし
二十 上野戦争当時のことなど
二十一 遊芸には縁のなかったはなし
ニ十二 年季あけ前後のはなし
二十三 徴兵適齢のはなし
二十四 家内を貰った頃のはなし
二十五 堀田原へ引っ越した頃のはなし
二十六 初めて博覧会の開かれた当時のことなど
二十七 店初まっての大作をしたはなし
二十八 引き続き作に苦心したこと
二十九 雲師逝去のこと
三十 東雲師没後の事など
三十一 身を引いた時のことなど
三十二 神仏混淆廃止改革されたはなし
三十三 本所五ツ目の羅漢寺のこと
三十四 蠑螺堂百観音の成り行き
三十五 私の守り本尊のはなし
三十六 実物写生ということのはなし
三十七 脂土や石膏に心を惹かれたはなし
三十八 鋳物の仕事をしたはなし
三十九 象牙彫り全盛時代のはなし
四十 牙彫りを排し木彫りに固執したはなし
四十一 貿易品の型彫りをしたはなし
四十二 蘆の葉のおもちゃのはなし
四十三 熊手を拵えて売ったはなし
四十四 歳の市のことなど
四十五 東雲師の家の跡のことなど
四十六 竜池会の起ったはなし
四十七 石川光明氏と心安くなったはなし
四十八 彫工会の成り立ちについて
四十九 会の名のことなど
五十 発会当時およびその後のことなど
五十一 大病をした時のことなど
五十二 大隈綾子刀自の思い出
五十三 皇居御造営の事、鏡縁、欄間を彫ったはなし
五十四 葉茶屋の狆のはなし
五十五 好き狆のモデルを得たはなし
五十六 四頭の狆を製作したはなし
五十七 鶏の製作を引き受けたはなし
五十八 矮鶏のモデルを探したはなし
五十九 矮鶏の製作に取り掛かったこと
六十 矮鶏の作が計らず展覧会に出品されたいきさつ
六十一 聖上行幸当日のはなし
六十二 叡覧後の矮鶏のはなし
六十三 佐竹の原繁昌のはなし
六十四 佐竹の原へ大仏を拵えたはなし
六十五 大仏の末路のあわれなはなし
六十六 学校へ奉職した前後のはなし
六十七 奈良見物に行ったことのはなし
六十八 帝室技芸員の事
六十九 楠公銅像の事
七十 馬専門の彫刻家のこと
七十一 木彫の楠公を天覧に供えたはなし
七十二 その他のことなど
七十三 総領の娘を亡くした頃のはなし
七十四 栃の木で老猿を彫ったはなし
七十五 初めて家持ちとなったはなし
七十六 不動の像が縁になったはなし
七十七 門人を置いたことについて
七十八 西町時代の弟子のこと
七十九 谷中時代の弟子のこと
八十 その後の弟子の事
■ 標記 ………………………………………………
● kindleのフオントフェースには明朝及びゴシックのみですが、明朝の設定で見出し文字をゴシックとして2書体を使えるように加工しています。
なお「shift-jis」対応外の文字は原則としては「image font」を避け、Unicodeフオント対応とし人名等を含めて全文検索が可能です。
● この著作物は、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)によってHP等にて既に一般公開された内容を参照しています。
● 表紙の作家の写真は、wikipediaに掲載されている写真であります。
株式会社 トータルメディア研究所
113-0021 東京都文京区本駒込4-38-1 富士ビル
HP:http://www.tml.co.jp
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江戸維新懐古録 全89話をこの一冊にまとめました。
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佐竹の原へ大仏をこしらえたはなし
佐竹の原へ大仏をこしらえたはなし
江戸維新懐古録
二 私の父祖のはなし
三 私の子供の時のはなし
四 安床の「安さん」の事
五 私の父の訓誡
六 その頃の床屋と湯屋のはなし
七 高村東雲の生い立ち
八 彫刻修行のはなし
九 「木寄せ」その他のはなし
十 甲子年の大黒のはなし
十一 仏師の店のはなし(職人気質)
十二 大火以前の雷門附近
十三 名高かった店などの印象
十四 浅草の大火のはなし
十五 猛火の中の私たち
十六 焼け跡の身惨なはなし
十七 その頃の消防夫のことなど
十八 猫と鼠のはなし
十九 一度家に帰り父に誡められたはなし
二十 上野戦争当時のことなど
二十一 遊芸には縁のなかったはなし
ニ十二 年季あけ前後のはなし
二十三 徴兵適齢のはなし
二十四 家内を貰った頃のはなし
二十五 堀田原へ引っ越した頃のはなし
二十六 初めて博覧会の開かれた当時のことなど
二十七 店初まっての大作をしたはなし
二十八 引き続き作に苦心したこと
二十九 雲師逝去のこと
三十 東雲師没後の事など
三十一 身を引いた時のことなど
三十二 神仏混淆廃止改革されたはなし
三十三 本所五ツ目の羅漢寺のこと
三十四 蠑螺堂百観音の成り行き
三十五 私の守り本尊のはなし
三十六 実物写生ということのはなし
三十七 脂土や石膏に心を惹かれたはなし
三十八 鋳物の仕事をしたはなし
三十九 象牙彫り全盛時代のはなし
四十 牙彫りを排し木彫りに固執したはなし
四十一 貿易品の型彫りをしたはなし
四十二 蘆の葉のおもちゃのはなし
四十三 熊手を拵えて売ったはなし
四十四 歳の市のことなど
四十五 東雲師の家の跡のことなど
四十六 竜池会の起ったはなし
四十七 石川光明氏と心安くなったはなし
四十八 彫工会の成り立ちについて
四十九 会の名のことなど
五十 発会当時およびその後のことなど
五十一 大病をした時のことなど
五十二 大隈綾子刀自の思い出
五十三 皇居御造営の事、鏡縁、欄間を彫ったはなし
五十四 葉茶屋の狆のはなし
五十五 好き狆のモデルを得たはなし
五十六 四頭の狆を製作したはなし
五十七 鶏の製作を引き受けたはなし
五十八 矮鶏のモデルを探したはなし
五十九 矮鶏の製作に取り掛かったこと
六十 矮鶏の作が計らず展覧会に出品されたいきさつ
六十一 聖上行幸当日のはなし
六十二 叡覧後の矮鶏のはなし
六十三 佐竹の原繁昌のはなし
六十四 佐竹の原へ大仏を拵えたはなし
六十五 大仏の末路のあわれなはなし
六十六 学校へ奉職した前後のはなし
六十七 奈良見物に行ったことのはなし
六十八 帝室技芸員の事
六十九 楠公銅像の事
七十 馬専門の彫刻家のこと
七十一 木彫の楠公を天覧に供えたはなし
七十二 その他のことなど
七十三 総領の娘を亡くした頃のはなし
七十四 栃の木で老猿を彫ったはなし
七十五 初めて家持ちとなったはなし
七十六 不動の像が縁になったはなし
七十七 門人を置いたことについて
七十八 西町時代の弟子のこと
七十九 谷中時代の弟子のこと
八十 その後の弟子の事
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なお「shift-jis」対応外の文字は原則としては「image font」を避け、Unicodeフオント対応とし人名等を含めて全文検索が可能です。
● この著作物は、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)によってHP等にて既に一般公開された内容を参照しています。
● 表紙の作家の写真は、wikipediaに掲載されている写真であります。
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