あなたのその目は…経済学のおかげで実は「見えていない」のかもしれない…
経済学のおかげで、世界はホントに豊かになったのか?あるいは、例えばバブル崩壊後のわが国や先の金融危機後の世界において、経済学は人々や社会の期待に十分応えてきただろうか?
こう問われてYesと答える人は、かなり限られると思う。それでも人々は経済学を学び、何か経済に関わる問題が生じた時には、エコノミストにその理由や対処法を尋ねようとする。
しかし…そのことがむしろ今に至るこの世界や社会の混乱と停滞を招き、摩擦や軋轢を余計に増幅させているのだとしたら?
経済学が描く絵姿は、もしかしたらエコノミストの幻想に過ぎないのかもしれない。でも、彼らはその幻想に拘泥するあまり、現実の経済社会に携わるうえで欠くべからざることを見失ってきたのかもしれない。
本来、経済システムとはつまるところ相互依存の体系であり、だから往々にして個別利害と全体最適との齟齬や矛盾が生じ得る。よって、そこで「個」の視点では見えない視野を提供することが経済学の存在意義でさえある。
でも、それらは国や地域、あるいは経済主体間の不均衡を前提として捉えてはじめてみえてくる経済観であって、一般均衡をベースとするここ30~40年ぐらいの主流の経済学からはおそらく見えてはこない。それどころか彼らは、往々にして供給側に偏重した(この本の中の言葉で言うと)「体育会系チック」な経済観に傾斜しがちで、そのことが私たちを重商主義の蔓延による合成の誤謬の瀬戸際に追い込むところまで至ってしまった…
仮にそうだとすれば、これからも彼らに、これまでと同じように世の行く末を委ねることは本当に賢明な選択なのだろうか?
もし、あなたが、未だ「マボロシ」を追い続けるエコノミスト達の話に少々食傷気味でタイクツささえ感じ、一抹のモヤモヤ感や疑問を抱いているようなら、その解消への答えを見出すきっかけがつかめるかもしれません。
<目次>
均衡という幻想、不均衡という現実
(「細部に宿る神」を見失った経済学/「エコノミストの幻想」の周囲にある現実/「黒字じゃなきゃダメ」ってホント?)
揺らぐリアル、揺るがすマネー
(「債務国バッシング」は正しかったのか?/「サヤトリ」は、むしろ不均衡へと誘う/「一般均衡」ならぬ「同時不均衡」な世界)
独りよがりのシーズ、置き去りにされるニーズ
(カネが流れ着く先にできるもの/世を動かすのは作り手か、買い手か?/市場こそ、成長と発展の源泉)
欺瞞に満ちた自立、事実としての共生
(カネにタガをはめるのはタブー?/「トリクルダウン」に群がる浅はかな人達/「がんばった者」だけが報われればいい?)
劣化の深層―「科学」と「政治」の狭間―
(「科学」たらんとする以前に…/経済学と政治の浅からぬ縁)
SaaAtarashiiKeizaigakuWoHajimeyou (Japanese Edition)
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