ヒマラヤと私 ~心の糧となる学びの出来事たち~
=プロローグ=
人生ホントわかりませんね。だから多くの人が自分を題材にした本でも作ろうと思えるのかしら。。。
私の歩んできた道も、けっこうユニークな生き方だと思う。それは現在も進行している。
22才のころ、日本の政治、宗教、社会全体がうさん臭く、世の中は偽善が多いと思い、自分の中の純粋さを表に出せず、“祈る”という行為さえ素直にできない自分になっていた。何事にもうるさく、スケールが小さい日本社会が窮屈で好きではなかった。
多くの人はなぜ、目に見えないものに対して手を合わせたり、信仰できるのか、“何が幸せ・・?”“人生の意味”“私とは・・?”などの思いに苛まれ、バイトはしていたものの定職にはつかなかった。そんなころ、友人がチベットの写真集を見せてくれ、ひたむきに生きる民族と信仰の姿を見、ここはまさに今の自分が行くところだと思い、1995年、チベットへ旅立った。
チベット人の大らかさと優しさ、自然、宗教、文化の魅力にぐいぐい引き込まれ、苛まれていた自分の心も一気に解き放たれた。
思いがけない縁もあり、チベットの古いトルコ石や民族雑貨などを日本へ持ち帰っては骨董市で売るという生活が始まり、買い付けという名目で数ヶ月滞在するたび、魂がホロホロと喜んだ。
結局5年間にわたり6回チベットに行ったが、いつの日からか「尼さん修行を積みたい」という思いが芽生え始めた。修行の場とグル(正しく教え導く者、精神の師)を真面目に探し求め、僧尼たちと共に暮らして多くのことを学んだりしたが、グルと決められる出会いがないまま3年が過ぎた。
日本に帰ってからの、きれいごとでは決して済まされない母親の介護生活、死。痛いほどの後悔の念と自己嫌悪。苦しさと寂しさに押し潰されそうな淵から徐々に這い上がったころ、友人からのカーラチャクラ大灌頂の誘いに、迷ったが、行くことにした。インドへ。
「彼こそ、私のグルだ!」
生まれて初めてのインドで、美しく、強烈な個性をもつサドゥーと遭遇。グルを通り越して即結婚。結婚を決めるのに2日もかからなかった。
そして今度はヒンドゥー文化にどっぷり浸かることとなった。
ときには激しい喧嘩もしたが、仲むつまじく幸せな日々を過ごしていたのもつかの間、病気を患っていた夫は、結婚4年目を迎えてすぐに他界した。夫のことを苦しいほど愛する妻と、かわいい娘を残して。
チベットとインド、日本の文化と比較すると、ぶっ飛んでいる内容も所々あるけれど、どちらも「真面目に挑む」という意味で、その土地の人々の御柱となる宗教の縁が強かったことは、大きな贈り物だった。
これは、ただの旅行体験記ではありません。生身で接したチベットとインドの文化、現地の人々のさりげない愛。日常の中でチベット僧侶たちから教わった仏教の深さ、インド人や行者サドゥーから教わった生と死、時間や空間、お金の観念。そして助言。
母の介護生活と心の葛藤、たび重なる死別、娘の誕生。
ほんの数年で、こんなに多くの出来事が自分の人生に降りかかるとは、思いもしなかった。
それら悲しみや喜びは、泣いたり笑ったりしているうちに、私の栄養となり、生きる糧となった。きっとそれは、誰にでも投影でき、なにかしら心に伝わり、共感できるものであると願う。
いま、シングルマザーとして生きる道を与えられた私の人生も、どう展開して、どうなるのかは死ぬまで分からないけれど、ヒマラヤ付近で学んだ全てのこと、私の底抜けに明るく、前向きに生きるさまをあなたにも見てもらいたい。そして、笑って元気に生きていってもらえればこの上ない幸せです。
合掌
プロフィール
日野 るり子 FBネーム(日ノギリ)
1973年生まれ。大阪府出身。若い頃欧米中国を観光。インテリアデザイン、コーディネイト専門学校卒業後、
1995年 チベット、ネパールへの旅へ。
1995~2000年 チベットに行き、日本でアンティーク石を売る傍ら、関西で数度、チベットの状況を伝える講演会を行う。
2002年 インドへ。
2003年 一児の母となる。
2005年~2012年 介護職
現在
仕事は適当なアルバイトをしつつ、麻(大麻)の伝統文化、循環型社会の復活・普及するためにさまざまなイベントを仲間と繰り返し、医療大麻について知ってもらうためにピースウォークデモや啓発活動も行う。
何れも自分たちで情報を仕入れ、考え、自分たちでより良い社会を築きたいという思いから行っている。
2008 年_亡くなられたチベット人を弔うためのフリーチベットピースウォークを仲間と行う。http://grnba.com/iiyama/news/mid_kosin/index.html
2012~13年_おおあさ自由学校大阪 メインスタッフを務める。http://www.cafeslow-osaka.com/おおあさ自由学校/
2013年_NPO法人日本麻協会 副理事長(2015年12月現在)を務める。https://www.facebook.com/Npo法人日本麻協会-672640922807749/
2014年_医療大麻を知ってもらうためのピースウォーク(デモ)大阪主催。http://www.taimado.com/blogtokyo/2014/09/page/4/
2015 年_医療大麻マーチ大阪 仲間と開催
http://i60784.wix.com/medicaltaimamarch
2016 年2月_ひのるりこと仲間たち~よりよい政治とまちづくりを考える会~立ち上げ
政治的な動きも展開していく http://hinoruriko.net
2016 年4月_党派を超えた政治塾 開校予定
〇 5年間、子供会の役員を努め、2015年、町会婦人部副部長に。
〇 その他、NPO法人日本麻協会の活動、イベントも毎年数回行う。
=プロローグ=
人生ホントわかりませんね。だから多くの人が自分を題材にした本でも作ろうと思えるのかしら。。。
私の歩んできた道も、けっこうユニークな生き方だと思う。それは現在も進行している。
22才のころ、日本の政治、宗教、社会全体がうさん臭く、世の中は偽善が多いと思い、自分の中の純粋さを表に出せず、“祈る”という行為さえ素直にできない自分になっていた。何事にもうるさく、スケールが小さい日本社会が窮屈で好きではなかった。
多くの人はなぜ、目に見えないものに対して手を合わせたり、信仰できるのか、“何が幸せ・・?”“人生の意味”“私とは・・?”などの思いに苛まれ、バイトはしていたものの定職にはつかなかった。そんなころ、友人がチベットの写真集を見せてくれ、ひたむきに生きる民族と信仰の姿を見、ここはまさに今の自分が行くところだと思い、1995年、チベットへ旅立った。
チベット人の大らかさと優しさ、自然、宗教、文化の魅力にぐいぐい引き込まれ、苛まれていた自分の心も一気に解き放たれた。
思いがけない縁もあり、チベットの古いトルコ石や民族雑貨などを日本へ持ち帰っては骨董市で売るという生活が始まり、買い付けという名目で数ヶ月滞在するたび、魂がホロホロと喜んだ。
結局5年間にわたり6回チベットに行ったが、いつの日からか「尼さん修行を積みたい」という思いが芽生え始めた。修行の場とグル(正しく教え導く者、精神の師)を真面目に探し求め、僧尼たちと共に暮らして多くのことを学んだりしたが、グルと決められる出会いがないまま3年が過ぎた。
日本に帰ってからの、きれいごとでは決して済まされない母親の介護生活、死。痛いほどの後悔の念と自己嫌悪。苦しさと寂しさに押し潰されそうな淵から徐々に這い上がったころ、友人からのカーラチャクラ大灌頂の誘いに、迷ったが、行くことにした。インドへ。
「彼こそ、私のグルだ!」
生まれて初めてのインドで、美しく、強烈な個性をもつサドゥーと遭遇。グルを通り越して即結婚。結婚を決めるのに2日もかからなかった。
そして今度はヒンドゥー文化にどっぷり浸かることとなった。
ときには激しい喧嘩もしたが、仲むつまじく幸せな日々を過ごしていたのもつかの間、病気を患っていた夫は、結婚4年目を迎えてすぐに他界した。夫のことを苦しいほど愛する妻と、かわいい娘を残して。
チベットとインド、日本の文化と比較すると、ぶっ飛んでいる内容も所々あるけれど、どちらも「真面目に挑む」という意味で、その土地の人々の御柱となる宗教の縁が強かったことは、大きな贈り物だった。
これは、ただの旅行体験記ではありません。生身で接したチベットとインドの文化、現地の人々のさりげない愛。日常の中でチベット僧侶たちから教わった仏教の深さ、インド人や行者サドゥーから教わった生と死、時間や空間、お金の観念。そして助言。
母の介護生活と心の葛藤、たび重なる死別、娘の誕生。
ほんの数年で、こんなに多くの出来事が自分の人生に降りかかるとは、思いもしなかった。
それら悲しみや喜びは、泣いたり笑ったりしているうちに、私の栄養となり、生きる糧となった。きっとそれは、誰にでも投影でき、なにかしら心に伝わり、共感できるものであると願う。
いま、シングルマザーとして生きる道を与えられた私の人生も、どう展開して、どうなるのかは死ぬまで分からないけれど、ヒマラヤ付近で学んだ全てのこと、私の底抜けに明るく、前向きに生きるさまをあなたにも見てもらいたい。そして、笑って元気に生きていってもらえればこの上ない幸せです。
合掌
プロフィール
日野 るり子 FBネーム(日ノギリ)
1973年生まれ。大阪府出身。若い頃欧米中国を観光。インテリアデザイン、コーディネイト専門学校卒業後、
1995年 チベット、ネパールへの旅へ。
1995~2000年 チベットに行き、日本でアンティーク石を売る傍ら、関西で数度、チベットの状況を伝える講演会を行う。
2002年 インドへ。
2003年 一児の母となる。
2005年~2012年 介護職
現在
仕事は適当なアルバイトをしつつ、麻(大麻)の伝統文化、循環型社会の復活・普及するためにさまざまなイベントを仲間と繰り返し、医療大麻について知ってもらうためにピースウォークデモや啓発活動も行う。
何れも自分たちで情報を仕入れ、考え、自分たちでより良い社会を築きたいという思いから行っている。
2008 年_亡くなられたチベット人を弔うためのフリーチベットピースウォークを仲間と行う。http://grnba.com/iiyama/news/mid_kosin/index.html
2012~13年_おおあさ自由学校大阪 メインスタッフを務める。http://www.cafeslow-osaka.com/おおあさ自由学校/
2013年_NPO法人日本麻協会 副理事長(2015年12月現在)を務める。https://www.facebook.com/Npo法人日本麻協会-672640922807749/
2014年_医療大麻を知ってもらうためのピースウォーク(デモ)大阪主催。http://www.taimado.com/blogtokyo/2014/09/page/4/
2015 年_医療大麻マーチ大阪 仲間と開催
http://i60784.wix.com/medicaltaimamarch
2016 年2月_ひのるりこと仲間たち~よりよい政治とまちづくりを考える会~立ち上げ
政治的な動きも展開していく http://hinoruriko.net
2016 年4月_党派を超えた政治塾 開校予定
〇 5年間、子供会の役員を努め、2015年、町会婦人部副部長に。
〇 その他、NPO法人日本麻協会の活動、イベントも毎年数回行う。