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    hannyasinkyouwokaitaisimasu: hannyasinnkyouha kuuronnwokita hadakanoousamada (Japanese Edition)

    Por unnoikkou

    Sobre

    この本では般若心経に解体に近い改造を加えます。般若心経には深い哲学があると思い込んでいる人が多いのですが、よく分析すると非常に欠点が多いことが分かるのです。根底にある空の哲学は大乗仏教でしか通用しておらず他のインド哲学系(ヒンズー教、ジャイナ教)では単なる虚無主義として昔から否定されていることはほとんど知られていません。この本では般若心経の解説をしながら一度解体して新たな般若心経を再生させるつもりです。さらに関連する仏教全般の重要教義も説明いたします。章の構成は以下のとおりです。
    第1章 般若心経の解体と再生
    第2章 五蘊の本当の意味
    第3章 古代インド哲学の基本
    第4章 縁起と四諦の本当の意味
    第5章 大乗仏教の歩み
    第6章 空の哲学を捨てましょう
    第7章 輪廻転生説の歩み

    <本文から抜粋>
     我々が承知しておく必要があるのは大乗仏教以外の宗教界では、空の哲学が当時も今も否定されている事実です。大乗仏教しかない日本においてはまさに我々は「井の中の蛙」の状態になっているということです。
     アンデルセンの童話に「裸の王様」の物語がありますが、王様は裸でも周りの人間が綺麗な服を着ていると言えば、自分には裸に見えても周りに合わせて綺麗な服を着ていると言う。これが人間の心理です。同じことが般若心経でも言えると思います。
     尚、この拙著の小作品については、バラモン聖典(著者不明)、神との対話(ニールドナルドウォルシュ著)、生命の実相(谷口雅春著)、ラーマクリシュナの福音(マヘンドラナート・グプタ著)が非常に参考になったことをあらかじめ申し上げておきます。この4つの著書は根底にある教えがほとんど一致しています。異口同音に同じ哲学を説いているのです。さらに学術的な面では宗教学者である中村元氏の著作である「インド思想の諸問題」と「原始仏教の思想(上・下)」を主に参考にしていることを申し添えます。
     
    さて最終の改造般若心経を登場させていただきます。実に簡潔になりました。
    五蘊皆空  仏界無相  個我虚仮  羯諦 羯諦 波羅 羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
     般若心経に敬意を表して出来るだけ本文を残そうと努力しましたが、残念ながら残ったのは五蘊皆空と羯諦 羯諦 波羅 羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶だけでした。
     「現象界が幻想であることを念じ、仏の世界は無相であることを念じ、自我意識は錯覚であることを念じ、生きとし生けるものの幸せを念じつつ、感謝の心を込めて、マントラを唱える」これに尽きると思うのですが、いかがでしょうか?

    しかし五蘊の元々の意味は万物(現象界)の意味ですので、般若心経に出てくる五蘊はまさに万物(現象界)と考えるべきでしょう。そうでないと般若心経自体が深みのない経典になってしまいます。

    特に死を体験することは自分が永遠の命を持っていることに感動するには「もってこい」の体験なのです。ですから船(縫いぐるみ)を自分自身だと思い込ませ、船は必ず沈むように設計しておくのです。何も知らないアートマンは死の苦しみを文字どおり死ぬほど味わうことになるでしょう。残酷と言えば残酷なのですが、死の苦しみが大きければ大きいほど、永遠の命であることを知った時の喜びは大きいのです。

    古代インド哲学や仏教は悟りに至ると、もう輪廻はしないと教えていますが、それは違います。輪廻転生は永遠に繰り返すと私は考えています。この考えは従来の常識を全く否定するものですから、何を根拠に世迷言を言うのかと思われるでしょうが私の中では確信になっています。これは仏教の教えの矛盾からヒントを得たものです。まず仏教の教えの矛盾を説明しましょう。

    ほとんどの地球の宗教はこの世は忌み嫌うべき世界であるとし、逃げることを教えていますが、それは違います。我々が住む場所はこの世しかありません。仏国土、浄土、天国も同じ宇宙にある「この世の星」なのです。

    「悟りに至ったアートマンは(自分で選択しない限りレベルの低い天国に)生まれ変わることはない」。つまり従来の教えは括弧の部分が抜けているのです。

    まず縁起の法の原点は12縁起ではなく、3縁起であることを中村元氏は著書で指摘しています。原始仏教では3つしか説かれていないのです。12になったのは後々の仏教の教義学者が作り上げた可能性が高いとされています。ですから3つの縁起の法をまず理解することが肝心です。何故なら釈迦はこの3つしか説明していないからです。原点の縁起の法は
      無明→執著→苦 
     この3つしかないのです。

    衆生(凡夫)は神仏の世界が無相であることを知らず、現象界が幻想であることも知らず、己の身体が本当の自分ではなく縫いぐるみであることも知らず、己が神仏の分身であることも知らず、己の「我」という意識が錯覚であることも知らず、現象界で経験する生死が嘘であることも知らず、現象界で経験する苦諦が嘘であることも知らず、複数の人間がいるように見えるが実は神が一人芝居をしていることも知らず、「生死も苦諦もバラバラ」も「永遠と大愛と一つ」を知るために用意した善意ある嘘の網であることも知らない。

     苦→集→滅→道 これが四諦ですが、縁起の法を逆から説明しているのです。説明は大阪弁でいきましょう。余興です。

    (苦)皆さん苦しんでますね。ご愁傷さまですー。
    (集)何故だか分かりますか?それはね、あなた達はホンマのことが分かっていないからなんどす。私が用意した善意の網を悪意の網と勝手に思っているんですよ。苦しみなんて嘘なんどす。死ぬなんて嘘なんどす。いっぱい人がいるように見えるでしょう。それも嘘なんどす。みんな私自身なんどす。私の一人芝居なんどす。
     それはね、皆(実は私)に愛に感動して欲しいからなんどす。永遠の命であることに感動して欲しいからなんどす。皆が仲間で兄弟なんどす。皆が元々一つであることに感動して欲しいからなんどす。
    (滅)嘘の網にガンジガラメになっているなんてダサイすよ!早うホンマのことを悟って楽にナラニャーアキマヘンデー!
    (道)さあ、それではホンマのことを悟るにはどうしたら良いのか教えましょう。
     このように、四諦は縁起の法と全く同じことを説明して、最後に「道」を追加しているだけなのです。
     「滅」については一般的には煩悩や欲望を滅することだと説明している解説書が多いのですが、それは違います。「滅」は本当の真理を悟って呪縛を滅するということを意味しているのです。

    今現在、仏教全般では「無我」と「空」が中心的教義になっていますが、この中心的教義が故に仏教が否定されているという皮肉な実態になっているのです。無我の教義は霊魂が無いと解釈され、空の哲学は第6章で詳細を述べますが、大乗仏教以外の宗教界では単なる虚無主義として否定されているのです。
     ジャイナ教は「仏教徒は霊魂が無い等と言っているのだから仮面を被った唯物論者である」と辛辣な言葉で批判しています。

    今、空なるチャブダイを囲んで楽しくやろうという時に、土足で上がってきて「そのチャブダイは空だ」と言ってひっくり返し、「悟りじゃ、悟りじゃ」と言いながら澄ました顔をしている人物を想像してください。
     それはまさに、文字どおりの空論を身にまとい般若心経を小脇に抱えた裸の王様ではないでしょうか。
     空で終わってはいけないのです。この空なる現象界でいかに生命を躍動させるか、そしていかに大愛を表現するかが大事なのです。ネガティブな哲学からポジティブな哲学に変えなければなりません。変えることが出来ないならば捨てましょう。

    もしもエルサレム陥落により古代インド哲学と共通性のあったキリスト教各派が衰退したと仮定すれば、それは前述の理由により人類にとって大いなる損失だったと言うことが出来るのです。
     あくまで仮定ですから断定はできませんが、全くの世迷言として片づけることも出来ないと思います。
     その意味で、私にとってエルサレム神殿の「嘆きの壁」は人類の「嘆きの壁」に思えてならないのです。

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