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    Jesus and his Disciples Part2 Last volume Act1 (Japanese Edition)

    Por Koujun Kobayashi

    Sobre

     今から二千年前、日本から遠く離れた中東のイスラエルの地で勃発した戦乱・ユダヤ戦争。ローマ帝国の支配下にあったユダヤ人が、ローマの度重なる悪政に耐えかねて起こした反乱だが、当時のイスラエルの社会状況は現代日本の情勢と驚くほど酷似する。
     地域や派閥や世代間のいがみ合いや断絶、貧富の格差の固定化によって若者が将来に絶望する状況、そして他地域の民族を排除することで団結しようとする排他的民族主義の高まり……。
     なぜユダヤ戦争は起こったのか。そしてなぜ全面戦争への道を突き進んでいったのか。その経緯と人々の心理を分析することは、今後の日本の針路を考える際の不可欠な要素となる。

     ローマ帝国の支配下にあったイスラエルの地で独自の教えを説いたイエスは、民衆を扇動する危険人物として告発されて十字架上で命を落とす。しかし復活したイエスの姿を見た弟子たちが団結してエルサレムで教団を組織し、様々な迫害に耐えながらイスラエルの外にも進出していく。教団の発展に伴って「異邦人問題」という問題が起きてエルサレム教会とアンティオキア教会の対立が激化するが、その過程でパウロが地中海世界全域を射程に収めた大伝道旅行を敢行したため、キリスト教がローマ帝国中に拡張するという結果をもたらす。
     世界の中心地であるローマに赴いたペテロはローマ教会の組織運営構築に尽力するが、ネロ帝の周辺で企てられたローマの大火による秩序不安を解消するための策略の犠牲となり、逆十字架によって殉教する。天界に戻ったペテロは、天使であるラファエルからイエスに会うために必要な課題を呈示される。
     ヘロデ・アグリッパ一世死去後のイスラエルの地は徐々に秩序が乱れるようになり、地域や宗派の間のいがみ合い、貧富の格差の固定化によって社会に険悪な雰囲気が漂い始めていた。そしてイエスの死去から40年近くが経過した紀元66年、度重なる総督の悪政によってローマの支配に対するユダヤ人の不満は爆発寸前になっていた。

    『イエスと弟子たち第二部完全版』シリーズ構成
    上巻1「第一章 復活」「第二章 始動」
    上巻2「第三章 殉教」「第四章 回心」
    上巻3「第五章 離脱」「第六章 懇願」
    中巻1「第七章 会議」
    中巻2「第八章 弁明」
    中巻3「第九章 逆十字架」
    下巻1「第十章 開戦」前半
    下巻2「第十章 開戦」後半
    下巻3「第十一章 炎上」
    下巻4「第十二章 イエスとペテロ」

    下巻1 イエスの死去から40年近くが経過した紀元66年、ローマの強権支配に対する不満を爆発させたイスラエルはローマに宣戦を布告し、ユダヤ戦争が勃発する。破局を回避しようとするアグリッパ二世の懸命の努力にもかかわらず、緒戦の奇跡的な勝利によってイスラエルはローマとの全面戦争への道を突き進んでいく。

     ベレニケは珍しくアグリッパの意見に反対するように言った。
    「そんな……。ユダヤ人が戦争を望んでいるなんて……」
    「もちろん、今のユダヤ人に面と向かって『戦争を望んでいるか』と尋ねても大半の者は『戦争なんて絶対にイヤだ』と答えるだろう。ただ、それは表面上の意識でしかなく、人間という存在は深層心理ではまた別の意識を持っているものだ。
     例えば今回の場合、フロルスという共通の敵が現れたことでそれまでいがみ合っていたユダヤ人同士が団結できるようになってきた。人間というのは共通の敵が出現したり、明確な目標ができれば分裂する傾向が弱まって団結できるものだが、そういう機会になると誰もが心の奥底で快感を覚えるのだろう。
     ある意味で戦争、その中でも国民全体を巻き込んだ〝総力戦〟というのは、共通の敵を前に多くの人々が団結できる絶好の機会と言えるだろう。戦争になれば、ローマという強大な敵を前にユダヤ人同士がいがみ合っている余裕などなくなるから、団結がより強固になって皆が奮い立つのは間違いない。つまり、予が言いたいのは『ユダヤ人は戦争になることによる悲惨さや苦しみを望んでいる』という意味ではなく『ユダヤ人同士が団結することによる連帯感、それに基づく快感を味わいたいと望んでいる』という意味だ」
     これを聞いたベレニケは深刻そうな表情を浮かべた。
    「では、ユダヤ人自身がそれを望んでいる以上、戦争への道を止めることはできない、と……」
    「いや、そうは言っておらぬよ。団結したい願望を実現する手段は様々にあり、戦争はその中の一手段でしかない。例えば、25年前にあったカリグラ危機の時のユダヤ人は戦争とは別の手段によって団結したい願望を実現することができた。
     大事なことは『一見いがみ合っている人々であっても、心の奥底で団結したい願望を持っている』ことを知ることと、『民衆のそうしたエネルギーが戦争という方向に一本化しないよう、別の手段を用意したりエネルギーを分散させる』ことだ。そして、民衆のエネルギーを的確な方向にコントロールできるかどうかに為政者の力量が試される、と言えるかもしれんな」  ~「第十章 開戦」より

    ※完全版には廉価版にない「注と解説」を収録しています。
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