『李斯(りし)列伝』あらすじとねらい
あらすじ…中華史上、初めて全土を統一したのは、戦国時代の雄、秦である。秦王の政は史上初めての統一国家の絶対的君主であることを宣言しここに「始皇帝」を名乗り、今後は今までの王統の数え方と異なり、万世に皇統を伝えていくよう、自分以降は二世、三世と名乗るよう命じた。
劇は、その絶対的権力者始皇帝が天下巡行中に崩御する場面から始まる。不老長寿に憧れ仙薬を探し求めていた始皇帝は世継ぎを指定していなかった。しかし、いまわの際に長男の扶蘇(ふそ)に都咸陽(かんよう)にもどり自分の葬儀を執り行い後継となるように遺言する。しかし、旅先での始皇帝の崩御は極秘にされ、その死は丞相の李斯、宦官の趙高(ちょうこう)などごく一部のもののみの知ることとなる。臣下たちの論争が起こり、趙高が推す末子胡亥(こがい)が跡継ぎになるようにとの偽の詔書が作られる。一方、長子扶蘇は、父親へのふだんからの直言もたたり、北方の胡地に、代々の将軍家で天下統一にも功績のあった蒙恬(もうてん)とともに大軍を率いて駐屯している。始皇帝は「胡が秦を滅ぼす」という占いを信じ恐怖を感じ、多大の兵力を北方防御に割いていたのである。(だが実は、この胡は胡亥のことであるという歴史の皮肉が、この劇の隠れたプロットである)趙高は偽の詔書と使いを送り、胡地の扶蘇を自殺に追い込み、蒙恬を捕えてしまう。
こうして都咸陽に戻り、ようやく始皇の喪を発表し、胡亥を皇帝の座に据え付けることに成功する。位についた二世胡亥は自身の贅沢な暮らしを維持し、父のやり残した阿房宮造営を続けるために、人民に対する無理な課税・徴発を行い、人民の怨嗟は高まり、やがて旧六国の地に陳勝・呉広の乱がおこり、項羽・劉邦らの英雄が並び立ち反秦のうねりが高まる。
趙高にそそのかされた胡亥は次々と兄弟姉妹を殺し、旧臣・忠臣を捕えていく。ついに始皇帝のもとで重用され大臣の位を窮めた李斯も謀反の疑いで捕えられ処刑されてしまう。反乱軍がいよいよ秦に迫るなか趙高は野望を募らせ、ついに胡亥を殺し自分が皇帝の位に登り詰めようとする。
ねらいと見どころ…歴史の大激動期に人間の思惑がどう絡み合ってドラマになって行くのかを描いたもの。始皇帝に忠実に仕えた李斯が、胡亥擁立へと流されていき、己の信を貫こうとすることと、家族を守ろうとすることとのはざまで悩み、ついには謀反を疑われ刑死するまでの運命の変転。かつて、李斯は自分のライバルである思想家・遊説家の韓非子を陥れ殺害したことがあり、その韓非子が殺された牢屋に今度は自分が捕えられる運命の皮肉。その牢屋で韓非子の幽霊と出会い、己の運命を悟る李斯。孝行息子の長子・扶蘇が父を思いながらも自殺に追い込まれていく場面、そしてそれを思いとどまらせようとする忠臣・蒙恬との対話による人間ドラマ。
宦官の趙高は自分のコンプレックスをばねにどんどんのし上がっていき、女に嫉妬し後宮の女たちを殉死させ、胡亥を巧みに心理的にコントロールし、胡亥を通して自分の欲望を遂げていく。ついには自らが皇帝の位に就こうと、自分に忠実なものと不実なものを見分けるために、胡亥に鹿を献上し偽って馬だと言い募り、それが「馬鹿」の語源となったあの有名な場面も見どころ。
そして、思慮浅く自分の欲望を遂げることだけを考えている若い胡亥のその白痴美が、自らと大帝国秦の滅亡を象徴していてはかなくも美しい。
ここに、戯曲冒頭の部分を紹介いたします。興味を持っていただき、お手にとって読んでいただければ幸いです。
第一幕 始皇崩御
【第一場】
(ト 陰鬱な合い方と伴にゆっくりと幕が上がると、薄暗い本舞台の中にすでに胡亥(こがい)と趙高(ちょうこう)が立っている。暫らく二人は人形のように動かず、一幅の絵の様である。合い方やみ)
胡亥 「お父様のご様子はどう」
趙高 「とても心配ですわ。もう、いけませんかもしれません」
胡 「ぼくの大事なお父様。お父様がもしお隠れになったら、ぼくはどうしたらいいの、高よ、ぼく恐い」
(趙高、胡亥へ近付き抱きしめて)
高 「おお、お愛しい胡亥様。どうぞご心配なさらないで、あなた様がお小さい時からお守りしてきた、この私が守って差し上げますから。どうぞ、そんなに震えないで。いまは陛下のご無事を二人で祈りましょう。」
胡 「うん、そうだね、ぼく、天帝様にお父様のご病気が癒える様お祈りしてみる。僕はずっとこうしてお父様と一緒に世界を旅して回っていたいんだ」
高 「そうね、胡亥様。珍しい景色を見て、いろいろおいしい物を食べて。陛下も胡亥様がそばにいたら、ほんとに楽しそうだし、あなた様は何と言っても陛下の一番のお気に入り、最愛の王子なの。(意味ありげに胡亥を見て)そして、このたびの随行を許された唯一のお子」
胡 「なんだか暗くなってきたよ。高よ、もっとぎゅっとして、恐いよ。自分がどこかへ行ってしまいそうだ」
高 「おお、よしよし、私が抱いて差し上げます。胡亥様、あなたは何も心配なさらなくてよいのですからね」
(合い方入り、舞台暗くなり、二人見えなくなる。その間に退場)
【第二場】
(ト 沈痛な合い方とともに、花道より、趙高が、胡亥を抱きかかえるように出てきて、しばらく花道でのセリフ。セリフが終わるにつれて二人本舞台の真ん中に出る)
趙高「始皇様がお隠れになりました。公子様方へのご遺言は一切なく、ただ長兄の扶蘇(ふそ)様だけに、咸陽(かんよう)にて葬儀を執り行えとの詔書。扶蘇様が咸陽にお戻りになれば、そのまま皇帝の位にお即きあそばすわ。ああ、おいたわしい、私の胡亥様、あなた様には、ほんの少しのご領地も与えられない」
胡亥 「でも、お父様がそうお考えになっていたのなら…」
高 「違うのです、胡亥様。あなたは何もわかっていらっしゃらない。天下がまさにどちらに傾くか、いまがその大事な時なのです。ご長兄の扶蘇様に当てた詔書はまだわたくしの手元にまだございます。そして、御璽(ぎょじ)も押されておりませんが、その御璽をお預かりをしているお役は、この高でございます。そしていま、陛下のご崩御を知っているのは胡亥様とあたくし、そして丞相の李斯様のこの三人だけでございます。どうか私の愛しい胡亥様、よくお考えになってくださいませ。人を臣下とするのと、人の臣下に下るのと、そして人を制するのと人に制せられるのと、どちらがよいか。あなた様がお小さい時から、この高が教えてきたことを」
胡 「ぼくは知っている。兄を廃して弟を立てるのは不義だと、世間の人は言っている。それにぼくにはそんな才能もないし、自信もないんだよ。そんなことは、天下の人は納得しないよ。天下の人が納得しないんであれば、ぼくの身も危うくなる。ぼくが望んでいるのはそんな危険な生活じゃないよ。」
高 「そうじゃありません。聖君と言われる湯王(とうおう)や武王はその主人を倒し、天下を取りました。それを天下の人は義人だ聖人だと誉め称えているのです。大事を行う時に小事にこだわってはいけません。小さなことにこだわって大きなことを忘れては、後で必ず自分に害が及ぶものです。迷っていては、必ずあとで後悔するのです。たった一度きりの人生なのだから、思い切ってご決心あそばせ。私はいつも胡亥様のお傍にいます。」
胡 「でも、でも、お父様の死はまだ発表されていないし、お葬式も終わっていない。そんな大事な話を、丞相(じょうしょう)に話せないよ」
高 「すべては時なのです。時機を逃したら、すべては終わってしまいます。私が丞相様に話してみます。胡亥様はお部屋に戻って待っていて。すべてはこの高がうまくやるので心配しないで。」
胡 「うん」(行きかける)
高 「あ、お待ちになって。これを持って。(高、肩から羽織っていたショール様の布を渡す)あなた様は、お小さい時からこの布にくるまれていると、安心して眠れたのです。私は今思い出しました。どうかこれを持って、お部屋で体を休めていてください。休まないと体に毒でございます」
胡 「(嬉しそうに受け取り)うん、ありがとう。」
(立ち去る胡亥を趙高見送り、反対側へ退場する)
【第三場】
(ト 合い方が鳴る間、舞台反転し、丞相李斯(りし)の執務室となる。李斯、落ち着きなさそうに歩いている。趙高の声、入り口でする)
(声のみ)「どうぞ、人払いしてちょうだい、いいのよ、命令よ。私、丞相様と大事なお話があるの」(趙高、登場)
李斯 「おお、趙高殿か、どうぞ中へ」
趙高 「李斯様、お話ししたいことがございます。人払いさせましたから」
李 〈入り口を見やって〉「よしよし、他に誰も聞いているものはおらぬ」
高 「陛下がお亡くなりになり、ご長男の扶蘇様に、都、咸陽にて葬儀を執り行い、後継ぎに立つようみことのりが下されました。でも、その詔書幸いにもまだ使者に託されず、陛下の崩御(ほうぎょ)の報も発せられておりませぬ。その詔書と玉璽、わたくし胡亥様のお手元に置いております。お世継ぎを立てるべきいま、この大事を知っているのは、胡亥様、わたくし、そして丞相の李斯様の三人。この意味がお分かりですわよね」
李 〈憤然として〉「なんてことを言い出すんだ。」
著作権管理は以下で行ております。読んでいただいたご感想などもぜひ、お寄せください。harada.yoshinari@gmail.com
rishi-retuden (Japanese Edition)
Sobre
Baixar eBook Link atualizado em 2017Talvez você seja redirecionado para outro site