正助走る(第二部 長崎海軍伝習所)
あらすじ
1、大役
河内屋新次郎は大塩平八郎事件で嫌疑を受け東町奉行から百叩きの
笞刑を受け帰宅するが、笞刑の後遺症は大きく、しばらくは
河内屋全体に暗い時間が流れていた。
そんなころ、突如新次郎は正助を呼び出し、ある思いを伝えた。
それは、カヅと一緒に長崎海軍伝習所にオランダの本を取りに行くという
正助にとっては衝撃的な主人からの言葉であった。
正助は二つ返事で承諾をした。そしてこの返事が正助の人生を実りある
ものにしてゆくのである。
2、大航海
カヅと正助は大坂湾の天保山から筑紫丸に乗り込んだ。
船内で隣り合わせた乗客の漢方医と出会い、
漢方医は適塾で蘭学を学びたいと正助に嘆願し、正助は紹介状を書いた。
船は瀬戸内海を西へ進み、関門海峡を抜けて日本海へ。
正助とカヅは現代で例えるなら新婚旅行に肥前長崎へ行ったようなものだ。
この時代は、まだ新婚旅行と言う習慣はなく、主人新次郎の粋な計らいであった。
しかし、この時代の旅は、過酷で危険であったので大塩焼けをくぐり抜けて来た
正助とカヅの適応力に主人新次郎は期待したのである。
3、長崎海軍伝習所
長崎海軍伝習所にはシーボルトの後、蘭医ポンペと究理学やオランダの兵法を教
えるヴィレム・ホイセン・ファン・カッテンディーケが来ていた。
彼は、ここで幕臣勝海舟に航海術・砲術・測量術など近代海軍教育をし、
その勝海舟が海援隊の坂本龍馬を指導し明治維新に繋がって行くのである。
また、長崎海軍伝習所では、ポンペ・ファン・メーデルフォールトによる医学伝習も行われ
医学、物理学・化学の分野においても近代日本国家の形成に多大な功績があった。
他にも、造船や語学伝習もされ幕臣や雄藩の伝習生が数多く学んだ。
この長崎海軍伝習所がなければ明治維新から実質的な「国民国家日本」としての独立戦争であった
日露戦争勝利までの近代日本の国家形成はさらに厳しい道が待っていたことでしょう。
長崎海軍伝習所では、旧幕臣の典医松本良順が通訳を担当し、彼を通して
正助とカヅはオランダの本の模写と印刷を始める。
ここでの彼の経験が日本の印刷業界に革命を起こすのである。
その夜メイドのマルガレッタの監視の下で、正助とカヅはオランダ式の風呂に一緒に入浴する。
新婚旅行?の楽しい一時であった。
4、教練
オランダの兵法による伝習生の軍事教練の見学をする。
カヅはイケメン少年達の教練に夢中になるが、
正助は冷静に自分のなすべき事を瞬時に判断を下した。
「駕籠(かご)に乗る人担(かつ)ぐ人そのまた草鞋(わらじ)を作る人」
である。
国家の備えとなる軍人にはなれないけど、 紙束で世の中を良き方向へ導くと決意する。
5、玄界灘
沢山の蘭書を麻縄で縛って手押し車にのせて長崎の港から筑紫丸に乗船する。
大坂への航海は、運悪く日本海の玄界灘でシケに合う。
和泉国岸和田の漁師の娘カヅには秘策があった・・・・
この荒波を越えて無事大坂へ戻ったら二人には祝言が待っているのである。
正助には、主人新次郎の喜ぶ顔が浮かんだ。
Syosukehashiru Dainibu Nagasakikaigundensyusyo (Japanese Edition)
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