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    WAGAHOROU WAGADEAI: TEISEMAKKINO ROSIAJIN (Japanese Edition)

    Por GIRYAROFSUKI

    Sobre

     十九世紀末から二十世紀はじめにかけてモスクワの新聞の特種記事といえば、ギリャロフスキー(通称ギリャイ)のものが際立っていた。それも、たとえばスラム街の生活や日蝕観測気球同乗記、ドン地方のコレラ蔓延、ニコライ二世の戴冠式記念祝典での群衆圧死事件、さらにはセルビアの摂政ミラン公暗殺未遂事件のからくりなど、内容の多彩さもさることながら、やはり生命がけの冒険記事の迫力が読者にとって大きな魅力だったといえる。とにかく精力抜群、勇猛果敢、伝説的な怪力の持主である。
     その彼も七十歳の春、昔日の特種記事の後日譚をとろうとネグリンカ川の暗渠にもぐったのがもとで気管支炎にかかり、眼と耳に障害をきたして、終に現役を引退。以後、絶え間のない頭痛に悩まされながらドキュメンタリー風の作品の執筆に専念した。『わが放浪 わが出会い︱帝政末期のロシア人』(原題『友と出会いと』)もその一つ。執筆は一九三二〜三三年、出版は一九三四年。
     この作品では十一人の人物がとりあげられ、それぞれに一章ずつが当てられている。そのうち七章(『旧グラトコフスカヤ村のカザーク』から『ゴーリキーとの出会い』まで)は有名人、四章(『フォガバール』から『《狼鑑札》をつけた人々』まで)は無名人で、原著もこの順序に並べられているが、この訳本ではその順序を入れ替えた。その理由は、《有名人》の章に《無名人》が何の紹介もなくいきなり登場する場面があり、事情に通じていないとその主役、脇役の顔合せの妙がつかめないと見たからである。幸い《有名人》の章も《無名人》の章も内容的にはそれぞれ独立しており、順序を替えたことによって全体の印象に大きな影響はないと思われるが、作者の意図を曲げたことをここでお断りしておきたい。

     ウラジーミル・アレクセーエヴィチ・ギリャロフスキーは、一八五三年十一月(新暦十二月)ヴォログダ県シャマのオルスフィエフ伯爵の領地に生まれた。父親はその領地の森林監督助手、母親は森林監督の娘で、父方の先祖は北方の《ノヴゴロド海賊》、母方の祖父は南方の《ザポロジエ・カザーク》︱ともに腕力と胆力で人間の価値を決める男性的な家系である。
     やがて父親が県庁の役人となったため一家はヴォログダに移ったが、間もなく母親は風邪をこじらせて他界。ギリャロフスキー八歳のときである。ギリャロフスキーは少年の頃から乗馬や狩猟を好んだが、その彼の指南役をつとめたのがキターエフという男(『アントーシャ・チェホンテ』の章のはじめに名前の出てくる人物)で、ギリヤロフスキーは彼から拳法を仕込まれた。
     父親が地元の貴族の娘と再婚すると、転任の際には義母の実家にあずけられて、フランス語をはじめ貴族的な行儀作法をしつけられたが、ギリャロフスキーが相手では効果のあるはずがない。しかし、当時ヴォログダは政治的に好ましからざる人物の流刑地で、ニヒリストやナロードニキ、ポーランド人が大勢たむろし、義母の弟の大学生と家庭教師も流刑人だったお陰で、ギリャロフスキーは発禁の書『何をなすべきか』(チェルヌィシェフスキー作)を読んで発奮、自分も作中人物のようにヴォルガの舟曳きになろうと決心した。
     そして十七歳のギリャロフスキーは中学校を途中で放って、ヴォルガ沿岸の都市ヤロスラヴリに向かい、憧れの舟曳きと荷役人夫を経験して、数カ月後家にもどってくる。
     つづいて、こんどは父親の希望に沿ってヤロスラヴリの陸軍歩兵部隊に入隊。選ばれてモスクワの幼年学校に送られるが、外出の折に捨子を拾ってきたことが軍規違反とされて放校処分となった。モスクワからヤロスラヴリに帰ってはきたものの、古巣の部隊にもどる気にもなれず、かといって父親に会わす顔もなく、以後数年間、身分証明書のない浮浪人の生活を送ることとなった。まずヤロスラヴリでは臨時雇いの小使いや消防士をつとめ、冬は鉛白工場で過ごす。春になるとヴォルガ河に沿って放浪し、ドン河南方のステップに出てサーカスの一団に加わり、曲馬師として各地を遍歴。さらに旅役者の一団とともに地方の町をめぐり歩いて、ひとまずサラトフの劇場に落ちついた。
     しかし露土戦争(一八七七〜七八年)がはじまると、ギリャロフスキーはさっそく志願兵として応募し、カフカーズを転戦してまわる。そして終戦とともに勲章と身分証明書を手に入れて、こんどはペンザの劇団にはいった。
     そして一八八一年、モスクワに最初の私立劇場が開設されると、思わぬきっかけからギリャロフスキーはそこで俳優兼演出助手をつとめるようになり、さらにまた思わぬことから彼の詩がユーモア週刊誌『目覚し時計』に載って、まもなく『モスクワ新聞』の演劇欄と社会欄を受け持つことになる。
     こうしてギリャロフスキーはようやくモスクワに居を定めて彼の放浪も終ったが、それは彼自身が述べているように、「若い頃の放浪生活から、のべつ飛び歩く新聞記者と何にでも顔を出す首都のルポライターの職業へと鞍替えしただけのことだった」。つまり、ルポライターは彼の天職だったわけである。

     ギリャロフスキーの本格的なジャーナリズムでの活動の場は『モスクワ新聞』ではじまり(一八八二年)、ついで『ロシア報知』紙に移った(一八八三〜九九年)。『モスクワ新聞』の駆け出し記者時代、ギリャロフスキーの原稿料は一行につき五コペイカの出来高払い。特種をもちこめばボーナスが出るが、没になれば出費がかさむばかりで一コペイカももらえない。生活は苦しく、取材のための辻馬車代にもこと欠くありさまだった。
     そこへいくと『ロシア報知』紙はさすが大新聞だけあって待遇はぐんとよくなり、一行につき五コペイカの原稿料以外に月給百ルーブル、出張費は別途払いで、合計して月に三百ルーブルほど稼ぐことができた。これでギリャロフスキーはアルバイトの必要もなくなり、『ロシア報知』紙のために全力投球することになる。チェホフと親しくつき合ったのも、この頃のことだった。
     やがてギリャロフスキーはその旺盛な取材と筆力でモスクワの名物男となり、「ルポライターの王」の異名をもらうほどになった。『ロシア報知』以外にも『急使』『ロシア』『ロシアの言葉』『ロシア思想』など多くの新聞や雑誌で働き、センセーショナルな記事を書きつづけた。それらの記事のなかには、後にドキュメンタリー風の作品としてまとめられたものも少なくない。
     革命後、ソビエトの新聞界は長老ギリャロフスキーを丁重に遇して、『イズヴェスチヤ』紙は「古いモスクワ」について執筆を依頼した。ちょうど「新しいモスクワ」建設計画がすすめられ、馴染み深いモスクワの街がつぎつぎに壊されていくのを目のあたりにしていたこともあって、ギリャロフスキーは哀惜の念とともに使命感にも近い熱意をもって、「古いモスクワが、どんな街だったのか、そこでどういう人々が、どんなふうに暮していたのか」をドキュメンタリー風に書き出した。こうして名著『モスクワとモスクワっ子』(初訳邦題『帝政末期のモスクワ』)が生まれ、その姉妹篇ともいうべき『わが放浪 わが出会い』(初訳邦題『帝政末期のロシア人』)が書きあげられた。
     さらに『わが放浪』『劇場の人々』『新聞のモスクワ』を完成すると、一九三五年十月、ギリャロフスキーは八十一歳十カ月の生涯をモスクワで終った。

     翻訳につかったテキストは、モスクワ労働者出版所、一九六八年刊の単行本。テキスト中には、人名、地名、年度に関して作者の思い違いと思われる個所がいくつかあったが、いずれも単純な間違いと見て訂正した。ただし、つぎの二個所については原文のままにしておいた。
     一つは、家出をした重病のトルストイが片田舎で発見されたとき、そのポケットに「ウラジカフカーズ行きの切符があった」という件りで、これはシクロフスキー『トルストイ伝』(川崎浹訳、河出書房新社刊、下巻三三〇ページ)の「(トルストイが)ロストフ=ナ=ドヌー駅までの切符を受け取った」という記述と相違する。ただし、カフカーズがトルストイの最後の旅の候補地の一つであったことに変りはない。
     もう一つは、チェホフの祖父が「プラートフ伯爵の農奴であった……」という件りで、これは一家そろって農奴の身分から自由になり、その後プラートフ伯爵の村に住んで領地管理人になったという定説と異なる。
     さらにもう一つ。オストロフスキーの戯曲『持参金のない娘』には、「くべろ、くべろ、ラードをくべるんだ、ハムもくべるんだ!」というパラトフの台詞は見当らない。当時︱モスクワ芸術座が旗揚げするまで︱ロシア演劇界は台本や演出を軽視して、俳優は台詞も疎覚えのまま専らアドリブで役を演じていた。おそらくこのパラトフの台詞も俳優ダルマートフのアドリブかと思われる。
     なお、この『わが放浪 わが出会い』は、中公文庫『わが放浪 わが出会い』(一九九〇年一二月刊)の改訂版である。サブタイトル「帝政末期のロシア人」と各章のサブタイトルは、文庫本同様、訳者がつけ加えた。(「訳者あとがき」より)
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