われわれ素人は、手術を受けるといった例一つを考えてもそうだが、専門家を信じざるを得ない。信じないことには生きていけないのである。にもかかわらず、専門家は時として大きな誤りを犯す。われわれはどうしたらよいのであろうか。
たほうで専門家は素人の信頼を得るために、みずからに自己規律を課してきた。ヒポクラテスの誓いはその古典的な例である。当時の医者集団(専門家集団集団ということになるが)は、それによって、医療類似的行為をする他集団に対して倫理的優位を確立し、素人の信頼を獲得した。しかしながら、専門家の知的優位性は、知ある者こそが一切を取り仕切り支配すべきであるという「賢者の支配(Sophokratie)」をもたらすとともに素人愚民視の傾向を生み出した。
専門家集団のうちには、自己規律によって素人に対する自己弁明をおこなう傾向と同時に素人愚民視の傾向とが共在しているわけである。
ところが、現代社会における素人たちは、専門家の自己弁明義務を求めること乏しく、みずから進んで愚民視されることに甘んじ、専門家信仰の度合いを強めてきた。
こうした専門家信仰がもたらす弊害は目に余るものがある。それは素人に対してのみならず、専門家自身に対しても害を及ぼす。本書では吉野川第一〇堰をめぐる例、法曹家集団の事例、旧石器捏造事件の例などを取り上げて問題点の解明に務めた。
では、対処法として何が考えられるであろうか。ひとつは倫理によって自己規律を高めることであろう。本書ではこれをヒポクラテスの誓いの現代版にそくして考察したが、倫理にはそれなりの力をもつとはいえ、やはり限界がある。専門家は、驚くべきことに学問そのものの内部から深く利害にとらわれているのである。
本書では専門家の倫理の問題としてではなく、「反証主義的」制度を確立する問題として専門家信仰を克服する道を探ってみた。PL法にヒントを得ながら「反証主義的」制度の概要を描くとともに、反証主義から「引責原理」の考えを取り出し、制度を支える素人および専門家の精神的原理とすることを提案した。
内容目次
Ⅰ 素人を前にして、その専門家信仰を批判することができるのだろうか
Ⅱ 知識の非対称性
Ⅲ 賢者の支配
事例1:吉野川第十堰にかんする住民投票、素人蔑視と弁明義務の放棄
事例2:日本における法曹家集団の身勝手、ドグマティズムと既得権擁護
Ⅳ 専門家に倫理を求めればよいのであろうか。
§1 ヒポクラテスの誓い
§2 ヒポクラテスの誓いの問題点
§3 古い職業倫理たい新しい職業倫理
Ⅴ 利害にからめとられた専門家集団
Ⅵ 倫理ではなく、制度の問題として
§1 PL法に手がかりを求めて
§2 反証主義的制度論
<補論:旧石器捏造事件についての一分析>
hihanntekigourishugiwasennmonnkasinnkouwokokufukkusiuruka: genndaiminnshushugitokennjyanosihainituitenohihanntekiichikousatu (Japanese Edition)
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