( 第六章 )
夢か現かはっきりとは覚えていない。お盆を過ぎた土曜日の明け方のこと、俺のもとに幼馴染の山下から電話があった。それは高校時代の友人の中川が交通事故で亡くなった知らせだった。山下と中川は地方公務員で勤め先が同じ、二人は俺の紹介で知り合った。その電話で山下からお通夜の参列、葬式の日取りを知らされるが俺にはどちらも出席を拒まれた。日曜日の朝、母親に起こされると、居間には中川が来ていた。先日の山下の電話の件は夢だったようだ。中川は目が覚めるような場所へ連れて行ってやるよと言い、俺をドライブに誘った。車は南へ向かい、山間を抜け見知らぬ湖に辿り着いた。奇妙な空間。そこは地図に載ってない場所だった。一〇年前の春、中川は初めて来たと言う。山で道に迷いさまよっていると、奇妙なものを見たそうだ。それは浮いている俺の姿だった。一〇年前の春と言えば、俺は東京の大学に進学したばかりで、地元を離れていた。それなのになぜ俺が…。戸惑う俺の脳裏にふと大学時代の友人(高田)が思い出された。高田は所謂霊能者であり、学生の頃は不思議な話をよく聞かされたものだ。
湖からの帰り道、中川が永念寺に用事があると言い、俺も同行する羽目に。永念寺では葬式が執り行われていた。驚いたことにそれは隣にいる中川の葬式だった。先日、中川が亡くなった知らせ、あれは夢だと思っていたが、どうやら現実だったようだ。目の前にいる中川は既に死人。幽霊とドライブを楽しんだにも関わらず、恐怖は一向になかった。永念寺から帰り、その日体験したことが現実として受け入れられない俺は、今朝方思い出した霊能者の高田に連絡を取ることにした。電話に出た高田に、幽霊に地図に載っていない不思議な場所に誘われたことを話すと、高田は金曜日に俺に会いに行くと約束して電話を切った。高田の電話の後、すぐに幽霊の中川から電話があった。中川の電話は未来を予言するものだった。それは水曜日に山下が仕事中に倒れ昏睡状態に陥り、もう二度と意識が戻らないという恐ろしい内容だった。山下は彼の妻の願いが叶い植物状態の人生を歩むことになったと中川は言った。水曜日になり、中川の予言を確かめるために山下の勤め先に伺うと、そこには中川の姿もあった。予言は的中し山下は病院へと搬送される。
二人で山下が搬送された病院に伺うと、中川は山下を起こして連れ出すと言い出した。目の前のベッドに横たわる山下は意識がない状態だ。もう一生意識が戻らないと言ったのにどう起こすというのだ。俺は中川の無茶ブリを呆気に取られて見ていた。中川は横たわる山下の身体に手をかけゆすった。次の瞬間、山下が寝坊でもしたかのように飛び起きた。驚きで言葉を失う俺に幽霊の中川は山下の意識体のみを起こしたのだと説明した。そして、今から三人で先日の不思議な場所へ行こうと言う。例の湖に着いたのは夕方だった。地図に記されないそこへは道に迷わず辿り着くことができた。山下は自分の身に起きた現実を知らない。意識体のみの山下は肉体を伴った生身の人間と変わりなかった。山下は湖が醸し出す不思議な空間をいたく気に入った様子でいた。湖を後にした三人。帰り着く先はそれぞれ違っていた。意識体の山下は自身の肉体へ。幽霊の中川は闇へ。
金曜日になり高田が遥々やってきた。その日は旅の疲れを癒し、翌日例の湖に赴くことにした。高田が来た夜、俺は不思議な夢を見た。背景は例の不思議な湖に似ているが何処か違う。鬱蒼と広がる森。一人さまよっていると一人の少女に出会った。その子は長い間俺がやってくるのを待っていたと言う。昔から俺を知っていると言った少女に見覚えはなかった。朝になり高田と二人で例の場所へと向かった。道は迷わず目的地に辿り着いたが、そこは中川たちときたときの風景とは一変し、今朝方夢に現れた風景そのものになっていた。深い森が立ち込め、高田と二人、森の奥へ奥へと歩を進めて行くと、我々のものとは明らかに異なる足跡を発見した。それは夢に現れた少女の足跡だった。夢と現実が絡み合う不思議な空間。そこは俺がかつて幼少の頃空想に描いた空間だと高田は解釈した。昔思い描いた空想世界は長い間記憶から忘れ去られた間に現実化し、俺に関わりある特殊な人間を招き入れた。幽霊の中川、意識体の山下、そして霊能者の高田。彼らはなぜ現実には存在しえない空間に立ち入ることができたのか。想像した空間を共有しえた三人の友人たち。彼らもまた俺が想像した実在しない者たちなのか…。謎を解く答えは現象として見える外の世界にはなく、俺自身が描く想像の中にあった。
Yokoniiruhitodaare Dairokushou (Shousetsu) (Japanese Edition)
Sobre
Baixar eBook Link atualizado em 2017Talvez você seja redirecionado para outro site