■内容■
まったく違う世界で暮らす4人の女性たちの運命が交錯していく群像劇です。
現代社会を舞台にした経済小説っぽい作品ですが、SFの風味を加えてあります。
■書き出し■
最後の夜だった。
彼はしきりとワインを勧めた。きっと、酔わせたかったのだ。脳みそがぼうっとしているうちに、言いたくないセリフをすべて聞かせてしまおう――。そういう魂胆だったのだ。
「千夏、きみには学業もある」
制服を押し着せられて、リボンで首を絞められる。あんな収容所の、どこが教育施設と呼べるだろう。白ワインのグラスが照明を跳ね返していた。この渋くて酸っぱい液体は、ほんとうは今でも苦手。なんとか飲み干せるようになったのは、この男がいたから。
糊のきいたスーツに、しわの刻まれた手。左手の薬指にはリングが光っている。
「続けていくことは、きみのためにもならない。僕たちの関係は、お互いにとって不利益なものになってしまったんだ。分かるね」
まただ。
この「分かるね」というセリフを、何度聞かされただろう。親でも教師でもない、甘ったるい声。同年代の男たちには言えないコトバ。この一言に何度、騙されてきただろう。騙されるのが嬉しいときもあった。
「……うん」しおらしい声を出してみる。「分かります」
ほんとは、ぜんぜん分からない。
相手はホッとしたように頬を緩める。おきまりの表情だ。初めてこの顔を見たのは、ワインバーに連れていかれたとき。ほんとうは味なんて分からなかったけれど、「美味しいです」と答えた。あの時もこいつは、この顔だった。
「これを受け取ってほしい」
白いテーブルクロスの上に、茶封筒を差し出す。皿のうえでフランス料理が冷えていく。封筒の厚みは、およそ一センチメートル。
「イヤラシイと言われそうだが、せめてもの気持ちなんだ」
中身は、確かめなくても分かっていた。こいつと体を重ねるたびに渡されていたから。
「これで最後――って、ことですね」
だけど、こんなに分厚い封筒は、今まで見たことがなかった。
相手はかぶりを振る。西陣織のネクタイがキラキラと光る。
「いいや、しばらく距離を置こうと言っているだけだ。何か困ったことがあれば、いつでも連絡して欲しい。僕に出来ることなら、何だってやる」
歳に似合わず、キザなことが大好きな男だ。こちらのワガママをなんでも聞いてくれた。うなるほどの金を持っているこの男に、出来ないことなんて無さそうだった。
「きみは聡明だ。――無暗に泣きわめいたり、ヒステリックな電話をかけてきたりはしないだろう。それがどれだけバカバカしいことか分かっている。お互いを傷つけるだけだと知っている。……もしも、きみが連絡をくれたなら、それは、よほどのことなのだろう。僕は必ず電話を取るよ」
最後の演説を聞きながらグラスを取る。
無発泡のはずなのに、くちびるにチクチクと滲みる。
「きみを信用しているから、こんなことを言える。きみの賢さを信頼しているからね」
「わかっています」
そうか、と相手はうなずいた。そしてまた、あの微笑みを浮かべる。
「きみと会えてよかった。愛していたよ、千夏」
soranokanatadebodaijuga (Japanese Edition)
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